2012年9月29日土曜日

人生と あきらめ

「人生、あきらめるな」
「人生は あきらめが大事」
どちらもよく聞く言葉である。
しかし、この二つの言葉は正反対の意味。
それぞれは、人によって、時期によって違うのだろうか。

「人生を半分あきらめて生きる」諸富祥彦・著(幻冬舎)
今の私にとって、一番あてはまる言葉だと思った。
※以下抜粋
 「あきらめる」とは、ものごとを明らかに見て、つねに
 変化していく自然に従っていくという生きる姿勢を指す
 言葉なのです。



2012年7月13日金曜日

滋賀・大津市 いじめ・自殺事件に思う

いじめがエスカレートされ、自殺にまで追い込まれてきた原因の第一は、教師の教育力のなさに

る。まずは担任の教育力のなさである。教室以外でも、また教室での様子を見れば担任は気が

いていたはずである。見てながら見ていないふりをしていたのであろうか。いや、何らかの対処

はしていたはずだろうが、何も術がなかったのだろう。

 中学校では学年ごとに学年団がある。チームになって生徒指導に関わっている。複数の教師も

導力が足りなかったことも言える。

 今日のニュースでも昨日保護者会があったと伝えていた。保護者会には担任教師も学年担当教

も出席しなかったらしい。いわば責任逃れである。管理職の話でも言い訳ばかりだったらしい。

 警察は教育委員会へ捜査した。教育委員会は、いじめに対しての対策はほとんどなさっていない

はずである。そもそも市に教育委員会など不要である。不要な書類提出を促したり、現場に余分な

仕事をさせている。

 今後の対策としては、アメリカではスクールポリスが常駐している。日本でも重点箇所、学校には

警察を常駐させるべきであると思う。

 もちろん、学校でも教師の教育力を高めるための資質を向上させていかなければならないことは
当然のことである。



2012年6月22日金曜日

童話


簡単な童話を作ってみました。

よろしかったら読んでみてください。

童話1「娘が たこに」
童話2「変なおじさん」(絵本)
童話3「コーラすき?」(拙作ですけど絵を入れて絵本にしました。)
童話4「変なおじさん-春-」(変なおじさん2)
童話5「変なおじさん-秋-」(変なおじさん3)
童話6「たこ娘」-娘がたこに2-
童話7「たこ娘 その後」-娘がたこに3-

童話8「ぼくの絵」
童話9「とおる君」
童話10「さんすう いやや」
童話11「行かへん!」
↑クリックしてください。
読んでください。

2012年6月19日火曜日

疑いたくなる

仕事始めが27度以上と派遣会社が言っていたが、いつの間にか30度以上になればと言ってきた。
採用は決まっていると言いながら、本当のことなのか疑いたくなる。
今週あたりは雨が多く、30度以上にはならないようである。週末以降ぐらいであろうか。
本当に採用する気があるのだろうか。
何度か問い合わせているが、
「気温がまだ」という同じ返事ばかりである。

気がかりで、気持ちも落ち着かない。しばらくまだ待つばかりでいいのだろうか。

2012年6月8日金曜日

日記を書くということ

退職後は日記を書くのがいいということを本で読んだ。幼少時から学生時代は、時々日記を書いたことがあるが、就職してきた以降は日記を書いたことがない。備忘録にメモを書いていた程度である。そこで、日記ではなくて、このブログをできるだけ続けることにした。

さて、5月下旬に採用内定になった企業から、気温27度以上になれば仕事が始められるとの連絡を受けた。あれから何度か始められることができるか問い合わせたところ、気温が例年より低く、仕事が始められないとのこと。6月8日現在、まだ連絡がついていない。
週間天気予報を見ると、曇り・雨の日が多い。27度以上にはなかなかなっていない。
これからの仕事はどうなるのでしょうか。心配である。

いっそのこと、別の仕事で仕事探しを始めようかとも考えている。採用が決まっているところに対して他の企業に希望するというのは失礼にあたるし、難しいところである。

2012年5月22日火曜日

人は一人で生まれ一人で死んでいく

人は一人で生まれ、一人で死んでいく    (徒然草)


自分で考えて思いついた言葉であるが、先人が

既に考えていたことばであった。



死は寂しいが、誰しも経験すること。

多くの人に見守られて生まれても、また多くの人に

見守られて死んだとしても、生死はどちらも一人で生まれ死んでいく。

死ぬことは確かに寂しい。でも寂しく死ぬことを恐れてはいけない。

誰でもいつかは死ぬことなのだから。


いわゆる孤独死のニュースがあるが、それも

仕方がないこと。


2012年5月5日土曜日

家庭内別居

母親は以前書いたように、認知症で施設に住んでいる。この前訪問した時に、これは春服とか夏服も必要だなと思い、用意してみた。嫁に言って、これでいいかと聞くと、急に怒り出した。
全然意味が分からない。もちろん向こうの施設に許可を得ることは分かっていたが、なぜ怒るのかが分からない。

去年からは、自分で料理して自分で食事している。嫁と娘は二人一緒に食事している。完全に除け者である。自分で差別していることが分かっていない。それでも教育者なのだろうか。
家庭内別居状態である。私が嫁に近づくと、避けようとする。
去年から嫁から離婚と言い出したが、返事はしていない。離婚してしまえば、家の跡取りがいなくなるのは当然である。

これからどうすべきか、誰か親しい人と相談すべきか迷っている。もちろん近所とは相談すべきでは
ない。親戚の特に親しい人と相談すべきだろうと思っている。
もちろん自分自身でもどうすべきかを考えなければならない。良いアイデアがあればいいのだが。

2012年4月30日月曜日

病気休職

全国の小学校で病休休職者の人数は年々増えてきている傾向にある。
ちなみに平成21年度の病休休職者は、1754人。中学校では1205人
だった。
その中でも精神疾患で休職されている人が多いと聞く。
私もその一人ではあるが、そうならないにはどうすればいいのか。
管理職からの援助、職員同士の支え、いくらそれがあってもできない
人も多い。もちろん管理職も職員同士もほったらかしの職場も多い
とも聞く。
そうならないためには早めに取り組むべきでもあるし、長期の休みに
ならないように少しずつでも休むのがいいと思う。



2012年4月12日木曜日

未だに・・

早いもので、もう12日。例年なら年度始まり、授業も軌道に乗りつつある時期であ
る。退職してからというものの、なんだか落ち着かないし、私だけ乗り残された気
がする。主夫として家事などすればいいのだろうが、気持ちの上で自分のことし
か気が回らない。

4月から再就職ができるだろうと思っていたが、思い通りにはならなかった。2月
から就職活動をしてきたにも関わらずである。全ての企業への就職は断られて
きた。大学生の就職活動も厳しいとは聞くが、私の場合はさらに条件的にも厳し
い気がする。教職以外の業種を選んできたが、やはりその業種の経験・資格が
ないことを言われてきた。それから、おそらく年齢的なハンディもあるように思う。

今日も書類選考の結果を待っている状態である。書類選考で落とされる場合も
あれば、面接までできる段階まできても落とされたことも多い。今日の書類選
考の結果で断られたら、また明日もハローワーク行きの予定をしている。昼前
の電話確認で今日中に結果を知らせるとの確認をしていただいたにも関わら
ず、未だに電話もかかってこない。

2012年4月9日月曜日

ある春の日

ようやく暖かくなってきた春の日、コンビニの駐車場で、これからのことを考えている。

ハローワークで紹介状をもらって、履歴書を書き面接をし、合否を待っていたが、
採用をもらえた企業はことどとく皆無であった。
のんびり過ごす日々が続くが、仕事先を探す活動も続けている。今日は面接
後の採用合否を待っている。

ここ四年間ほどは休職・復帰を繰り返していたが、今回は自主退職の名を借り
てリストラされてしまった。

思えば二十代、三十代は生きがいもあり、楽しい日々が続いていたのだが、病
気になってからは思い通りの仕事も与えられず、悶々とした日々が続いていた
ように思う。いい時期は生きがいのある期間もあったが、上司には認められな
かった。

そうこうしているうちに娘も就職が決まり、経済的に少しは余裕ができるように
なった。家人は教職の仕事を続けている。家族で仕事をしていないのは、私の
みである。
これから趣味中心の生活を続けるか、これからも就職活動を続けるかである。

家族では、私に対してほとんど会話もなく、家人からは仕事上の連絡のみであ
る。娘は私を無視し、嫌っている。
私に対して対話もなく、寂しい日々。

唯一楽しめるのは、インターネットラジオ放送でチャット・トーク・私の下手な弾
き語りで歌う
こと程度であろうか。それも深夜が多く、、家人にとってインターネット放送の音
声・音楽には迷惑のようである。寂しい生活の中で、現在の夕いつの楽しみは、
このインターネット放送ぐらいのものであろうか。

日々の食事は、私の分だけであるが、自分で料理をしている。料理のメニュー
は手軽な丼物、シチュー、カレーとか焼き飯、野菜や肉の量が多くなれば野菜
炒め程度である。料理を始めて
からほとんどメニューの品数は増えていない。野菜と肉類はどちらかが欠けな
いように、自分なりに考えて料理している。退職前の休職中、最初の4か月ほ
どはすべて安物のレトルト食品ばかりであった。それから料理メニューとレシピ
は、いくつかインターネットで検索して参考にし、適当に料理できるようになった。

さて、今、面接後の採用合否を待っているのだが、気持ちが落ち着かない。こ
れまで採用申し込みをしてきた職種は、ほとんど製造業といくつかの運送業だ
った。年齢上のハンディと資格経験がないことが不採用の原因でもある。

教育関連で臨時教員採用の申し込みはしておいたが、これまでの経歴上なか
なか採用されないだろうとも思われる。塾講師の求人もあったが、夕方から深
夜までの勤務時間が体の負担になるだろうと思い、申し込まなかった。また、
塾での教え方と学校での教え方では教え方も全然違うらしい。

明日からの生活がおぼつかない。


2012年3月31日土曜日

現職最後の日

現職最後の日が静かに過ぎていく。
気持ち・心は若いのだが、年老いていくのは確実なのか。
体は特に異状なしなのだが。

悲しい、空しい、悔しい、複雑な心である。
心を切り替えると言っても、環境が変わらないと気持ちは
やりきれないままである。

何か趣味の時間をと思って、最近夜はインターネット
ラジオ放送で下手な弾き語りをしている。

退職後の無職時期は、何をしたらいいのか。趣味を
中心に好きな時間を過ごせばいいということを本で
読んだ。

今の心は何か空しいままである。

2012年3月30日金曜日

明日が卒業&退職


早いもので、明日がとうとう退職になった。
空しい、寂しい、悔しいという思いがつのる。
今日は感謝状贈呈式があったらしいが欠席した。
ただの紙切れ一枚、欲しくもない。

あさってからは無職という身分になる。 定年までは何か職についたいという思いで ハローワークで紹介してもらって書類選考・ 面接などしてきたが、今のところ全敗である。 来週の月曜に面接、別のところで水曜日あたり に先週の面接の結果待ちの予定である。


定年後の過ごし方・早期退職者のその後の 過ごし方などをインターネットや本で読んだり したが、ある程度参考になるとは言え、自分自身 の過ごし方がまだはっきりとは定まらない。


 ある人の著作には、のんびり公園を散歩する、図 書館に行く、喫茶店で書き物をするなどが一日の 過ごし方として参考になった。 スローライフという言葉も時々耳にするが、 私の今の時期は、無理のない程度で仕事をしたい というのが本音である。


年齢の問題、教育とは別 業種での経験がないということで、再就職がまま ならない。 また来週の結果を待ってから、ゆっくり次の プランを考えてみたい。

2012年3月20日火曜日

教職

教育に関する情熱が、退職を宣告されてから次第に薄れてきた。

当初学校での仕事は、子どもとの関わりが約8割ぐらいあったが、ここ10年程前からは事務的な仕事の割合が5割以上、あるいは7割程度にもなっている。

いずれも教育関連の仕事でもあるが、本来教育というのは子どもとの関わりがメインであるはずである。県教委、市教委からの連絡・通達・書類提出の量が以前に比べて10倍以上増えたようにも思う。教委は子どものための教育ではなくて教員を苦しめるための仕事を強制しているように思われる。

いずれにしてもどの仕事も教職ではあるが、仕事がしにくくなった職場になった。前任校ぐらいからは、職場の雰囲気も以前に比べて次第に居づらくなった。数年前に病気にかかったこともあるが、人間関係自体が協力的ではなくなったし、気が合う人以外との会話もほとんどなくなった。

退職まであと十数日。いわゆる円満退職ではなかった。早期退職と言えば聞こえはいいが、実際はリストラである。
定年まであと3年。次の職に就きたいと思って活動もしてきたが、年齢が高い・経験不足などで断れている。教育関連の仕事をするには意欲が薄まってきている。

教育関連で約1000冊の書籍、背表紙を見ても今は飾りでしかない。捨てるのはもったいないと思うが、これから読むことはないと思う。

2012年3月2日金曜日

退職までの思い出(続き)

 いっそうのこと、これから無職としてスローライフを楽しむことも考えましたが、なんとか仕事を見つけたいという思いも募ります。募集があるかどうかはっきりしない臨時教員の申し込みはしておきました。それと在宅ワーク(SOHO)の申し込みもしておきましたが、最新のPCスキルについてはほとんどさわっていません。機会があれば学習してみようかなという気持ちはあります。
PC歴は約25年。学校では、和文タイプライターという時代に私個人のPCを持ち込んで授業に使ったり、当時はパソコン通信を使って学校間交流をしていました。またアメリカの小学校や大学教授と国際パソコン通信をしたりもしていました。その頃は一般的にも珍しかったのか、神戸新聞の記事に載せてもらったりもしました。それから数年たってやっと職員室にPCが導入され、15年ほど前からコンピュータ室ができました。インターネットが一般的になり学校webページ制作にも関わり、周辺の小中学校へその指導に回ったりもしました。初期の頃でしたから、高度な言語は使えることもなく、ある簡単なツールを使ってwebページを製作する程度でした。職員室内にもPCの台数が増えてきたのでLANを組もうとした頃には「出る釘は打たれる」ようになり、情報教育の担当から外されるようになりました。(8年ほど前から職員室内LANは当たり前になってきました。)したがって歴だけ長いけど、スキルは伴っていないというわけです。
話が外れたりしますが、退職後のライフスタイルを考えてもなかなかいいアイデアは思いつきません。きまぐれですが、庭に小さな畑があるので、こないだはジャガイモを植えたりもしました。園芸や農業についてはほとんど素人。自分なりに勉強するのもいいかなとも思いますが。
他の趣味では大学生時代にアマチュアのフォークグループ(大学祭用)を作ったりしたこともありましたが、20数年触ることもなくほったらかしでしたが、数年前からたまにインターネットラジオで下手な弾き語りをしたりすることもあります。とてもみなさんに披露できるようなものではありません。あくまでも趣味の一つです。
他では15年ほど前に船舶免許を取得、4級から1級になりました。10年ほど前に中古のプレジャーボート(もう少し大ければクルーザー)を購入し、楽しんだりしています。
話が長くなりました。考えたいのは、退職後のライフスタイルです。現在思っているのは、ある程度体力が続くまで、できれば再就職をしたい。あるいは、趣味中心でボランティア活動があれば協力するという生活。
何かアドバイスがありましたらコメントよろしくお願いします。

2012年2月20日月曜日

退職

今年の331日をもって退職することになりました。定年退職ではなくて、いわゆる早期退職です。若年と言っても現在57歳。退職勧奨を受けてやむを得ず退職をすることになったわけです。
あと3年間は働きたかったのですが、ここ数年間は病気の期間も長かったことも理由の一つです。病名は双極性障害(躁うつ病)です。今年の3月には全治して来年度の復職を期待していたのですが、来年度のポストがないことも言われました。いわゆるプロ野球で言う戦力外通告を受けたわけです。名残惜しいのですが、あきらめるしかありません。
 気持ちを切り替えて、仕事探しのためにハローワークに数度行きました。求人票のほとんどには「年齢不問」と書いてあるのですが、問い合わせてみると若い人の求人がほとんどでした。そして経験者優遇、資格有もほとんどでした。できそうな製造業を選ぶと、女性のみの業種でした。できそうな業種のアドバイスとしては、パートとして道路工事の交通誘導とかマンションの管理などを言われましたが、私には向きそうにありません。
 いっそうのこと、これから無職として過ごしていくことも考えましたが、なんとか仕事を見つけたいという思いが募ります。
もうしばらく様子を見ようと思っています。